底です。のみならず、その厭世的態度には何となくわざとらしい、誇張されたやうな厭味《いやみ》があります。」武井の頭は何時も私達の世界を遠く先んじてゐた。私達が押川春浪の小説に熱中する時、彼は大西博士の「西洋哲學史」などを耽讀してゐた。彼が三年級の時、校友會雜誌に發表した「超人論」は私達には難解の文字だつたが、ニイチェの側面觀として杉山先生などの推稱を受けた。
「そんな事はどうでも好い……」先生は苦笑しながら、やや嘲《あざけ》るやうな態度でかう云つた。
「どうでも好くはありません、先生は私達に思想上の問題は無用だとおつしやるんですか。」と、武井は氣色《けしき》ばんで、鋭く迫つた。
「さうだ、さうだ……」と、みんなは譯もなく呟いた。そして部屋の中が再び煽動的氣分に卷き込まれようとした時、放課の鐘がさわやかに鳴り響いた。先生はみんなの冷嘲の囁きを背にして、遁《のが》れるやうに教室を出て行かれた。
互に楯《たて》を突き合ふやうな不愉快な時間が幾度か重《かさ》なつた。或る時は首藤に質問された「可《べ》かり可《べ》かる」の用法で、先生は一時間を苦しめられた。首藤は熱心な勉強家で國文法に特殊の興味と
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