質問があります。」と、哲學者としてみんなの尊敬を集めてゐた武井が、Pensive な瞳を上げて立ち上つた。
「何だ……」先生は我を守るやうに身構へた。
「先生の今講義なさいました『方丈記』の中には長明の人生觀の面白味があります。それに對する先生の御意見が伺ひたいと思ひます。字句ばかりの解釋では、國語なんて無意味です。」理智的な鋭さを持つた武井の蒼白い顏が、赧《あか》らんだ。どよめいた部屋の空氣がふと鎭まつた。意外な質問を受けた先生の顏には、狼狽の色が幽かに現れた。
「そ、それはある。長明は厭世家だ、この世を悲觀したのだ。つまりその頃の天災地變の哀れさを見て……」先生は口籠《くちごも》りながら云つた。
「それは分つてゐます。」と、武井が遮《さへぎ》つた。「長明の思想は佛教の輪※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]説《りんねせつ》の影響を受けた厭世思想だと思ひます。彼は天災地變に苛《さいな》まれる人生の焦熱地獄に堪へられなくなつて、この假現の濁世《ぢよくせ》穢土《ゑど》から遁《のが》れようとしたのです。そして解脱《げだつ》しようとしたのです。然し『方丈記』に現れた處では長明の思想は不徹
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