しな抑揚で高らかに讀み上げた。みんながどつと笑ひ崩れた。その可笑しさと、追ひ掛けられて逃げて行く猫又法師の姿を描いた文章の面白味と、先生の何處となく猫を思ひ出させるやうな風貌とが、その瞬間にひよいと結び着いた。私達は――猫又、猫又――と心の中に繰り返した。而も日が經つて行く内に、「猫又」の一語が表象するシニックな感じが、先生の人柄にぴつたり當《あ》て填《は》まるばかりでなく、それが巧に先生を諷し得てゐるやうな氣持がして來た。そして先生はたうとう「猫又さん」にされてしまつた。
 ――故に國語學は重要である――と、氣焔を擧げた先生は、時間の鐘が鳴ると、型の古い黒のモオニングに包んだ姿を機械的に教室へ運んで來た。そして何時も熱のない、退屈な講義を繰り返した。私達は先生の氣焔が餘に空言《そらごと》であつたのに、失望せずにはゐられなかつた。
 或る時間に、先生は「方丈記」を講義された。丁度春の盛りの頃で、左手の窓の擦硝子《すりガラス》には自然の豐熟を唄ふやうな長閑《のどか》な日光が輝いてゐた。明るい教室の中にはもやもやした生暖い空氣が一杯に罩《こ》め渡つてゐた。半《なかば》開いた窓の隙間からは鮮
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