かな新芽の緑が覗《のぞ》いて、カアテンの白をそよがす風もなかつた。ぢつと机に向つて腰掛けてゐると、けだるい先生の講義の聲が蜜蜂の翅音《はおと》のやうに聞えてくる。そしてともすれば肉の締りがほぐれて行くやうな氣持がして、快い睡魔が何時《いつ》となく體を包んで行くのである。片隅で誰かの幽かな鼾聲《いびきごゑ》が擽《くすぐ》るやうな音を立ててゐる。先生の講義は誰の耳にも這入つてゐなかつたらしい。
「あゝ、つまらん……」と、右後の席で上村が不意に呟いた。鹿兒島育ちの彼は、クラスの野次の音頭取《おんどとり》で、田舍丸出しの率直さがみんなに愛されてゐた。
「『朝に死し、夕べに生るるならひ、ただ水の泡にぞ似たりける……』と云ふのは……」先生の牛の涎《よだれ》のやうな講義の聲はぱつたり止んだ。そしてふと顏を上げると、嶮《けは》しい皺を眉間《みけん》に寄せて上村を睨んだ。
「おい上村、今何と云つた。もう一遍云つて見ろ……」先生の眼は鋭く光つた。
みんなは思はず顏を上げて、先生を見詰めた。
「『あゝ、つまらん……』と云うたですばい。」
上村は落ち着き拂つて云つた。みんなはわつと笑ひ出した。足擦りの音と机
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