洗つてサツパリして理髮屋を出ると、近所の古本屋二軒で暫く隙を潰した。一軒ではエラリイ・クイインの「エヂプト十字架の祕密」と「ロオマ劇場事件」と「支那オレンヂの祕密」の邦譯三册を、一軒ではアガサ・クリスチイの「ハゼルムウアの殺人事件」とカアメン・エデイングトンの「撮影所殺人事件」の二原書を買ひ求めた。
 夜食後、ストラヴンスキイの「火の鳥」を聽く。ストラヴンスキイ自身の指揮したものだが、これは新しく買つた内で一番出色のレコオドだ。「火の鳥」といふと、亡き小山内薫先生の事を思ひ浮べる。先生はこの舞踊曲を向うで聽かれ、その素晴さを話された事がある。そして、そのレコオドも買ひ歸られ、一度聽かして戴く約束をしながら、どういふ譯か自分はとうとうその折を持たなかつた。ニジンスキイの踊にもこれがあるが、先生は何しろこの音樂が非常にお好きだつたらしい。十時過ぎ「エジプト十字架の祕密」を讀みながら、體工合の不安な感じで早寢した。

 木曜日――。
 九時前起床。明方の發作今日も少し重くエフエドリンを服用したが、この四五日にない秋晴れの穩かな日で割に氣分がいい。間もなく煙草專賣局の本所工場觀覽招待に同行を約
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