の往き來を前にして、不遜にもこのお辭儀役達必ずしも神妙に控へてもゐなかつたが、とにかく役目を濟まし、最後の燒香を終へてホツと一息吐いた。
 混雜するお寺の玄關先、水上瀧太郎さんにふと紹介されて喜多村緑郎丈と初めて詞を交へた。自分が十八の中學四年生の秋、それまで見ず嫌いで一度も見た事がなかつた芝居といふものを偶然の事から初めてみたのが本郷座の新派劇「白鷺」、そのヒロインのおつた[#「おつた」に傍点]で心憎くもたつた一度で自分を一時有頂天なほどの芝居好きにしてしまつたのが喜多村緑郎丈だつたが、今や向うは龍土町、自分は新龍土町と一町ほどの近所に住む間柄だ。
「同町内のよしみ[#「よしみ」に傍点]で……」と、挨拶すると、「いや宜しく……」と、三十年に近い「白鷺」の昔ながらに一向年をとつても見えない、覇氣充ちあふれた、この不思議な名女形は齒切れのいい句調で言つて、輕い皮肉めいた微笑を口元に浮べながら、「然しお宅は上の方の町内でせう? こないだ女中殺しのあつた……」
「ははは、物騷な方か……」と、引き取つて咳き、水上さんが顏を笑ひ崩した。
 三時前歸宅。モオニングを和服にくつろいでガス暖爐の前に坐
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