はないかと尋ねたさうだ。十日ほど前に家の半町ほど先に起つた女中殺しのためだが、住み馴れて既に二十六年、東京市内にもこんな閑靜な好ましい屋敷町はさうあるまいと思つてゐた[#「思つてゐた」は底本では「思つつてゐた」]ほどの町内も、あの騷ぎですつかり臺無しにされた感じ。不快この上もない。袋地の奧にある自分の家、出入りの度毎に厭やでも眼に著くのだが、古い日本家を洋風まがひに造りなほした、さう言へば如何にもそれらしい變に陰氣臭い感じの小住宅で、殺された女中の可憐な一田舍娘らしい容姿もぼんやり自分の頭に殘つてゐる。それにしても、近頃盛に探偵小説を愛讀する自分だが、小説の上ではスリリングな殺人事件も現實に近所に起つてみると甚だ以て有り難くない。いや、實に厭やな氣持だ。
 午後、久しく書き怠つてゐた手紙を書く。伏木の妹夫婦へ姪の縁談に就き、ニユウ・ヨオクの妹夫婦へ雜信、仙臺の小池堅治氏へ同氏の著書出版の交渉經過に就き、本郷の北岡壽逸君より亡妻追悼録を贈られた謝禮、その他俗用の葉書三つ。それから暫く讀書。四時半から五時半頃まで晝寢する。
 夜食後、暫くレコオドを聽く。ベルリオズの「幻想交響曲」、ドビユツ
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