てゐた。飾られた奧さんの寫眞が眼に就く度ごと、母に先立たれた一人息子の耕一君の不幸不運が身に染みて感じられた。今年の六月妻が乳癌の手術を受けて退院して來たあと、自分は二人の子供達のために今後の自重養生を聊かくどいほどに説き頼んだ。幼少の子供が母に先立たれるなどは自分には考へても恐ろしい。耕一君が前夜のお通夜の疲れを近所の知己の家で休めてゐるといふ話を聞きながら、人知れず胸の迫るやうな氣持だつた。
 夕方、同じく弔問に來た佐佐木茂索とともに暇を告げて銀座へ出た。資生堂で簡單に夜食。暫く銀座通を散歩したが、冷冷とした夜氣の肌寒さに不安を感じて佐佐木と別れ八時過ぎ歸宅。入浴してから一時頃まで「トウルウ・デテクテイヴ・ミステリイス」の十二月號に讀み耽る。

 月曜日――。
 十時近く起床。陰鬱な曇り日。相變らず氣分が重く、體の疲れの脱けきれない感じ。月初めから月なかばまで朝毎の喘息發作を冐しながら仕事に無理を重ねたせゐもあるのだが、どうも晩秋は自分には快適でない。去年もちやうど今頃二十日ばかり床に就いてゐた。
 朝食の時、妻の話に、今朝もまた新しい刑事が二人來て、出入り商人に就いて何か聞き込み
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