出現から腕無し藝者の妻吉の話が出る。妻吉が一錢蒸汽の中で自分の繪葉書を賣りつけられた話、上陸の時船員が手を取つてやらうとしてはめてゐた義手を掴み、それがスポリとぬけたのに驚いて腰をぬかした話。いつしか蒸汽は吾妻橋へ着いてゐた。
穩かな行樂日和に淺草は賑かだつた。仲見世をブラブラ歩いて行く内に自分は少し息苦しくなつて來たので、梅園へはいつて一休みした。そして、さういふ姿をお眼に掛ける失禮をお詫びしながら、暫くアストオル吸入器を用ゐた。幾らか樂になつた。小倉汁粉をすすりながら三十分ほどを過す。それから淺草寺觀音へ詣でて、奧山から瓢箪池の橋を渡つて活動街へ。相變らずいろいろとお話を伺ひながら、やがて田原町へ出た。
「銀座へ參りませう?」と、自分は更に先生をお誘ひして自動車を呼び止めた。
さてもさても心樂しき半日かな。慶應義塾の文科生時代に級友の井汲清治、福原信辰、それに今は亡き宇野四郎等と先生ともどもに銀座へ歩き出たりした事は幾度かあつたが、その頃から殆ど二十年振の今日思掛ない事柄が老先生とのかういふ半日を與へてくれた。健康がもつと滿足だつたら聊か憾みだつたが、それから銀座の資生堂で簡單
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