な夕食をとりながらお話を伺つてゐる内に喘息の發作が幾分強まつてくる氣配だつた。
「畜生つ、畜生つ……」と、内心に呟きながら、手洗所へ立つて、わざわざ扉のある方へはひり、聊かあせるやうな氣持でアストオル吸入をつづけてみるのだつたが、もう駄目だつた。どうやらほんとの發作に進んでしまつたらしかつた。が、そんな氣配を今日殊更に先生にお見せるのは厭やだつた。そして、戸外の薄暗くなる頃まで自分はさりげなく先生との雜談に時を移してゐた。
六時過ぎ資生堂の前で先生とお別れした。夜店を見に行くとおつしやる先生とまだお別れしたうもない心持だつたが、だんだん強くなつてくる息苦しさには勝てなかつた。畜生つ喘息め! 畜生つ喘息め! 自分は自らに腹を立てながらすぐ自動車に乘つた。
「厭やアね、もつと早く歸つてらつしやればいいのに……」と、息を喘がせながら内玄關で靴をぬいでゐる自分の姿を見ると妻が如何にも簡單な感じでさう言つた。
「馬鹿つ……」と、自分は思はず言つた。さういふ時には妻にも、いや、恐らく誰にも腹立たしい。さうして實に佗びしい他人を感じる。それは喘息持ちにして初めて知り得る不幸であるらしい。
エフエ
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