る。つまり人間のあり來《きた》りの心的葛籐《かつとう》や、因果關係の紛糾に、ピストルだの短刀だのと單純に含ませた古い型の探偵小説では、一面に科學知識の可成《かな》り深くなつてゐる私達には物足りない。で、云《い》ふ處《ところ》の犯罪や祕密や不思議が犯人の科學知識の深さの中に複雜にされると同時に、探偵もそれに敵對出來るやうな科學的素養を以てすると云《い》つたやうなのが、私達には面白いのである。で、今後の探偵小説の作家は精神科學と實際科學との兩面にわたつて相當の研究と理解とを持たなければならないとも云《い》へるであらう。
 こないだ雜誌だか新聞だかでひよいと讀んだ話であるが、佛蘭西《フランス》のある市のある家の一室である朝中年の紳士がピストルで顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6、270−下−19]を貫かれて死んでゐた。紳士から二三間離れた小卓には發射されたままの一丁のピストルがのせてあつた。綿密に嚴重に調べてみたが、犯人が外から室に入りこんだ樣子もなく、他殺の形跡は全然ない。そして、そのピストルは紳士の自用の物だつたが、明に自殺でもなく、また自殺すべき原因も絶對になかつた。そして、事件
前へ 次へ
全11ページ中9ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング