て船は當別岬に近づいた。物寂しい漁村がその陰に見えた。

「あの道を行くんですね。」船から小さな棧橋に飛び降ると、二人はかう頷き合ひながら左へ折れて、磯傳ひの道を歩き始めた。一面に干した烏賊の匂ひがひどく鼻をついた。
 だんだんに空が明るくなり出した。そして地面に薄い影が出來る程の日光が洩れて來た。朝から風もない程沈んだ日は、幽かな日光を受けてぢつと身動きもしないやうに默してゐた。その單調に鎖した空氣の中に二人の靴音が高く聞えた。そして詞も途切れ勝ちになつて、二人は俯いたまま足早に歩いた。
 道は崖際を海となぞへに通つてゐた。新しい木橋を渡ると、道は二つに分れてゐた。
「どつちでも行かれますけ……」と、Kさんに尋ねられた老婆はにべもなく答へて、すたすたと歩いて行つた。
「こつちから行つてみませう。」と、二人は云ひながら、崖に沿うた少し急な狹い道を登つた。村の人家や、海がだんだんに眼の下に見えて來た。
「好い景色ですね。」と、云ひながら、私は少し喘ぎ喘ぎ登つた。健脚らしいKさんは杖を振りながら元氣好く登つた。彼は全く好い體格の人であつた。登りつめると其處は一面の原で、道からも時時見えた修
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