道院の建物が遙かの丘に高く聳えてゐた。
「なんだ思つたより近いんですね……」私はKさんの後から云ひ掛けた。
 牧草は美しく刈り取られて、なだらかな傾斜をなした緑の原が私達の前に展がつた。遠くの方にはきらきら光る海峽を背景にして、牧牛の群が靜かに草を食《は》んでゐる。牧舍のあたりには小さな人影が動いてゐた。やがてその牧舍の陰から馬に牽かせた車が現れて、丘の方へ緩かに登つて行つた。それは干した牧草を小山のやうに積んでゐた。
 私は Millet の繪を想ひ出した。
 私達は草原の中の小道を靜かに歩いた。處處で蟋蟀が啼いてゐる。二人の足音が近づくとはたと啼き止む。草はまだ濕つてゐて、靴の先が濡れて光つた。近くの低い落葉樹は鮮かな赤に色づいて、沈んだ空氣の中にぢつと葉を重ねてゐた。
 小道が廣い眞直ぐな道に這入る處に灰色にくすんだ家があつて、人影が見えた。Kさんは私の方を振向いて、
「鳥渡訊ねて見ませう。」と云ひながら、中へ這入つて行つた。
 廣い緑の牧場と、靄にかすんだ海峽の水と、黄ばんだポプラの林と、赤煉瓦の清楚な修道院の建物と――それ等が秋らしい靜かな色の調和を作つて快く私の瞳に沁み渡つ
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