修道院の秋
南部修太郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)纜《ともづな》を放すと

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)全き人[#「全き人」に傍点]
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「好いかよう……」
 と、若い水夫の一人が、間延びのした太い聲で叫びながら船尾の纜《ともづな》を放すと、鈍い汽笛がまどろむやうに海面を掠めて、船は靜かに函館の舊棧橋を離れた。
 港の上にはまだ冷冷とした朝靄が罩め渡つて、雨上りの秋空は憂ひ氣に暗んでゐた。騷がしい揚錨機《ウインチ》の音、出帆の相圖の笛の響などが、その重く沈んだ朝の空氣を顫はしながら聞える。蒼黒く濁つた海は果敢ない空の明るみを波の背に映しながら、絶えず往き來する小蒸汽の蹴波に搖いでゐた。時時白い鴎の群が水を滑るやうに低く飛んで、さつと身を飜しては船の陰に隱れる。そして何時の間にか雪を散らしたやうな點になつて、遠くの波の間にふんはりと浮ぶ。荷役に忙しい樺太や釧路通ひの汽船や、白いペンキの醜く剥げ落ちた帆船の中には、舷の低い捕鯨船の疲れたやうな姿が横はつてゐる。私の船はその間を緩かに進んで行つた。
 眼に映るすべては、
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