がそれを取卷いて、生別の祈祷を捧げてやります。病人が最後の息を引き取ると、また鐘が鳴ります……」修道士にとつては死が喜びである。彼にとつては死は何等の恐怖を齎らさない。そして死後の世界は彼等の云ふ永遠の饗筵[#「永遠の饗筵」に傍点]なのであるなどと、S氏は云つた。
 私はかうした話に聞き入りながら、ふとあの祈祷室の窓際に坐ってゐた異國の修道士の姿を想ひ出した。私は彼の冷やかな、蝋のやうな瞳の色が忘れられない。彼もまたそのやうにして死んで行くのであらうか。そして永遠の饗筵[#「永遠の饗筵」に傍点]を樂しむのであらうか。
「もうそろそろ歸りの船の時刻ですね。」と、Kさんは時計を見ながら云つた。
「もうそんなですか。」と、私は聞き返した。
 自分の世界を忘れてゐた私は、時刻と云ふ聲にまたはつきりと我に歸つた。私は旅人であつた。汽船、函館の町、湯川の宿に殘して來た妹、そして遙かに東京の家――さうした自分の背景が雜然と意識の中に浮んで來た。歸らなければならない自分であることを明かに思つた。私が懷しむ人達の爲めにも私を待つてゐて呉れる人達の爲めにも……。
 S氏に別れを告げて、私達は修道院の正面の
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