りましたらうな……」S氏は、indifferent な聲で云つた。恐らくこの人にとつては津輕海峽の霧も、美しいポプラの林ももう何等の感興を與へないのであらうと密かに思つた時、今までの自分の感じや印象のすべてを疑ひたいやうな氣持がした。
話しながらも私達はこの質素な晝餐に舌皷を打つた。酒精を拔いたといふ酸味の強い麥酒がS氏の手によつてコツプに注がれた。
「つまり修道士の方は此處で一生をお過しなさるんですね。」と、Kさんは獨言のやうに云つた。そして私と視線が何氣なく交つた。
「さうです。喜んで一生を過します。然し、彼等には地上の生よりも天上の生に意味があるのです。つまり修道院の生活は死後永遠の靈の世界に生きようとする準備のやうなものでせう。」不思議なものを不思議ともなく傳へるS氏の低い聲が私達の耳に響いた。
頼りなげな午後の日差しが靜かに林の中に落ちてゐる。靜寂を亂す何等の物音も聞えなかつた。S氏の聲は續いて行つた。
「修道士の臨終が近づきますと、あの鐘が鳴るのです。病室の床の上に美しい灰を撒き、清らかな藁を敷いて、その上に病人を寢かすことになつてゐます。そして院長を始めすべての修道士
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