。」と、私はS氏の寂しい顏を見ながら聞いた。
「えゝ、修道士ではありませんが、殆どあの人達と同じ生活をしてゐます。さう……私が此處へ參つた時分はあたりは一面の藪で、隨分酷い處でしたよ。全くこれまでに爲上げる骨折りは非常なものでした。よく秋の末に草が枯れる時分になりますと、山火事がありましてね。とうとう前の木造の修道院は燒けてしまひましたつけ……今の煉瓦造りになつてから、十年餘りですよ。とに角まだトラピストとしての理想の位置には達しません。院長さんは創立後五十年だと云つてゐますから約あと三十年ですね。全く遠大な計畫です。然し、過ぎ去つた月日などは全く夢のやうに思ひます。こんな處にゐても、やつぱり時は同じやうに經つのですがね。」と、S氏は幽かに笑つた。柔和な顏に落ち著きはあつたが、まばらな白髮にも、片頬の小皺にも、消し難いやうな寂しさがあつた。私は自分の年齡と殆ど同じ長さの年月をこんな處で過して來たS氏を悲しく見守つた。
「その間ずつと此處にお住ひでしたか。」と、ふとKさんは云つた。
「ええ、一年ばかり前に用事があつてちよつと凾館へ行きました。それぐらひなものです。彼處《あすこ》も少しは變
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