を作つて、入り亂れた家家が流れるやうに大野の平地の方へ擴がつてゐる地形の面白さが私の眼を惹いた。處處に寺院の屋根や洋館の塔などが際立つて聳えてゐる。
「あの森の蔭が五稜廓だね……」と、船員に訊ねてゐる爺さんがゐた。少し白髮混りの頤鬚をしごきながら、何か云つては時時聲高く笑ふ。面白い、人の好ささうな爺さんである。私も思はず釣り込まれて、譯もなく笑つたりした。
「好い凪ぎだな。」と、彼は獨言のやうに云つて、微笑しながら海を見廻した。
私はまた煙草に火を點《つ》けて、甲板の片隅の蓙の上に腰を降した。冷たい潮風が絶えず頬を流れて、紫色の煙草の烟をすいすいと消して行つた。
「修道院へお出でですか。」と、突然私に話し掛けた人があつた。
「さうです。」と、私は立ち上つて、彼の方を振り向きながら答へた。
「お初めてですか。」と、彼はまた云つた。背廣の輕裝に薄色の鳥打を被つて、甲板の手摺にそつと身を凭せてゐる。
「ええ……あなたもいらつしやるんですか。」と、私は聞き返した。彼は親し氣な微笑を浮べた。
「札幌から鳥渡商用で函館《こちら》へ參つたんですが、丁度今日は日曜で一日隙が出來ましたし、トラピストと
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