んだお眼覺しだ……」
金縁眼鏡が上ずつた聲でぎこ[#底本では「きご」、170−9]ちなく呟いた。
「ふふふふふ……」
「へへへへへ……」
赤鼻と和服とが今度は抑へきれないやうな高聲で笑ひ合つた。そして「起きてゐるのは己達と君だけだよ……」と云はんばかりのふざけた表情で、下等な亨樂の相棒を見附け出したやうに揃つて私の方を振り返つた。私は踏みこたへた。そして、睨むやうに三人を見詰め返した。が、その脂ぎつた淫らな笑顏や、男の慾情をさらけ出したやうな眼の卑しげな光をまざまざと眼に留めると、何か知ら苛苛しい不快さに襲はれて、私はまた思はず顏を反けてしまつた。
「厭やな車室に乘り合はせてしまつたな。」
私はしみじみそんな氣がした。そして、すべてから切り離されてしまひたい氣持で暫くぢつと眼を閉ぢてゐた。が、車輪の響の間にひつつこく耳についてくる三人の喧しいざれ聲をどうする事も出來なかつた。
と、さうした間に何分かが過ぎて、やがて速度を弛め出した汽車は米原驛のプラツトホオムに靜に滑り入つた。何時しか雨は降り止んだらしく、汽車がとまると、車室の中は急にひつそりして、寢落ちた人達のいびき聲が
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