んで、氣を呑まれたやうな、同時に色好みらしい卑しげな眼を女に注いでゐた。
プラツトホオムのざはめき[#「ざはめき」に傍点]もよそに車室の中は變に暫く鎭まり返つてしまつた。
七分の停車時間が過ぎて發車間近い頃だつた。鼠色のインバネスを羽織つた商人風の、頬骨の尖がつた若い男があわただしく車室へはいつて來た。そして、これも探るやうな視線でぐるつと中を見廻すと、三人の紳士の隣側の空席に無遠慮に腰を降した。それと同時だつた。窓外に呼子が鳴り響いてぎしりと車輪の音をきしらせながら、汽車は靜にゆるぎ出した。
「横にならうかな……」
さう考へながら、私は鞄から空氣枕を取り出した。そして、息を入れながら、明滅する京都の町の燈灯を窓越しにぼんやり眺めてゐた。
九州への旅の歸りだつた。前夜神戸の友達の家に泊つて久振に一日を話し暮した私は、それから二時間程前に東京行のその汽車に乘り込んだのであつた。丁度朝からしとしととした五月雨、それが一人旅の侘びしさを一しほ誘ふ。四週間近くの旅のあと、私は東京へ歸りたい心一杯であつた。
「どうでせう、新潟の方の模樣は? ――大分足立が撚をかけてるらしいですが……
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