眺めてゐた。が、その刹那に、思はず口の中に湧いたさうした呟きと共に、私は一そう好奇的にされた視線を女の横向き姿に注ぎかけた。
「細君か知ら?」
私はさうも思つてみた。が、それにしても、蓮葉《コケツト》な表情、ごてごてした品のない身なり、變に肉感的《センジユアル》な姿體には人妻らしい一種の落ち着いた感じは見えなかつた。妾――さうも見られた。が、さうとすればそれは金のかかつた癖に下品な西洋人好みのけばけばしい着附、厚かましい物ごしを想像させる洋妾《ラシヤメン》に違ひなかつた。無論、藝者の感じではなかつた。それかと云つて女優らしい處も見えなかつた。
「女相場師……」
暫くして、私の想像は其處に落ち着いた。そして、株屋町か米屋町あたりを眼を血走らせながら駈け廻つてゐる女の姿を思ひ描いて、私は反撥的にほくそ笑んだ。女はやがて鹽瀬らしい敷島入れから一本を取り出して、悠悠と紫烟をふかせ始めた。車内の人達の視線が吸はれたやうに、その姿の上に集まつたのは云ふまでもない。わけても女と向ひ合せに腰掛けてゐた政黨屋らしい三人の紳士は選擧の應援演説の歸りかとも思れる今までの騒がしい雜談の口をぴつたりと噤
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