云つた。そして、[#底本では句点、171−10]赤帽の敷いてくれた敷物の上にオペラパツクとパラソル[#底本では「バラソル」、171−10]を無造作に投げ出すと、腰掛けようともせずに手袋をぬぎにかかつた。
 「これ、少しばかりですけれど……」
 むつちりとふやけたやうな手の指先で、帶の間の紙入から五十錢札をぬき出すと、赤帽に手渡しながら、女は聞えよがしの聲で云つた。
 「へい、これはおおけに……」
 人の好ささうな中年の赤帽は幾度か頭を下げながら、間もなく車室を出て行つた。
 女はその赤帽のうしろ姿を流し眼に見送ると、しどけなく敷物の上に腰を降ろした。そして、妙に底光りのする眼でまた車内を一わたり見廻したが、ふと我に返つたやうにパラソルを腰掛の奥に、鞄を右脇に置き換へて、草履を揃へながら敷物の上に坐り込んだ。と、落ち着く隙もなくその指先はオペラパツクに掛かつた。化粧鏡を取り出した女は、やがて幽かに脂の浮いた小鼻の脇や額際を、人眼もよそに白粉紙で拭ひ始めた。
 「何と云ふ女だらう?」
 女から二間程離れた車室の隅に身を凭せてゐた私は、自分が却つて氣恥かしくされるやうな氣持で女の始終の動作を
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