「いや、物がなくなつたらしいんです。あの人達の……」
 少佐は四角ばつた聲で答へ返した。が、咄嗟に私に振り向けた視線には幽かな冷嘲の色が浮んでゐた。
 「ほお……」
 私は輕い不安の念に捉はれながら、少佐に頷いた。が、被害者が政黨屋の三人だといふ事から、ふと胸を掠め過ぎた一種の反撥的な快さを、私は打ち消し得なかつた。
 「一體、どんな樣子の男でございましたかね?」
 乘客專務の若い車掌は落ち着き拂つた聲で、三人に問ひかけた。
 「しつかりは覺えとらんが、鼠のインバネスを着た、二十六七の、頬骨の高い男だつたよ。」
 赤鼻はいきり立つた樣子で答へた。
 「なる程。それで岐阜で降りたといふんでございますね?」
 「飛び降りでもしない限り先づさうだね。――米原までは確に僕の隣にゐたんだから……」
 金縁眼鏡がさう詞を挿んだ。
 「宜しうございます。――名古屋から直ぐ電報を打つときますから……」
 車掌の聲は相變らず靜かだつた。
 「それでおなくなり物は手鞄が一個、懷中時計――金側でございますね――が一個、それからあなたとあなたの紙入――金額は?」
 車掌は問ひ續けた。
 赤鼻と和服とは小聲
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