院のすべてに絶えず頭や胸を一杯にされてゐた。
「さうだ。この氣持を書いてみよう。修道院からうけたこの氣持を……」
 旅の疲れのすつかり癒《い》えた九月末の或る日、私は突然さう考へついた。と、それはもうすぐにも書かずにはゐられないやうな衝動を私の全身に感じさせた。
 或る夜から、私は机に向つて筆《ふで》を執《と》りはじめた。そして、多少紀行的な表現の間に、修道院でうけた印象なり感想なりを中心にした文章を起稿した。と、胸には貴《たふと》い感動がまた強く蘇《よみがへ》り、一種の快《こゝちよ》い創作的興奮が私のすべてを生き生きさせた。一字、一句、それが原稿紙の上に刻一刻と書き現されて行くのが、自分ながら私はどんなに嬉しかつたことだらうか? そして、その夜は過ぎた、また明くる一日が過ぎた。けれども、いざさうして實際《じつさい》に筆《ふで》を動かしはじめてみると、なかなか手易《たやす》くは行かなかつた。一字書き、一行進めては氣に入らなくなり、不滿になり、厭《い》やになつたりして、私は幾度か原稿紙を引き裂き、幾度か書き出しの稿を改めずにはゐられなかつた。そして、朝の内は文科の學生として學校に通ひ、歸
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