《かへ》つてくれば眞夜中過ぎまで机に向ふと云ふやうな、私の體《からだ》としては可成り無理な努力が自然に疲れを誘はずにゐなかつた。
 さうして書き出しの四五枚を漸《やうや》くまとめ得たかと思ふ内に、いつか十月にはひつたが、努力の疲れとともに私の恐れてゐたものが體《からだ》に迫つて來た。それは毎年夏の末から秋へかけて私を子供時分から苦しみ惱《なや》ませてゐた持病|喘息《ぜんそく》の發作《ほつさ》であつた。病苦そのものと、不眠と、強い鎭靜藥《ちんせいやく》を用ゐるためにくる頭の濁《にご》りと、それは如何《いか》に私を弱らせ、筆《ふで》の進みを妨《さまた》げたことであらう? この時ばかりはいろいろな病苦に慣らされた私も自分の病弱を恨み悲しまずにはゐられなかつた。
「然し、こればかりはどうしても書き上げよう。いや、書き上げずにはゐられないぞ。」
 さう考へながら、私はひるまうとする自分を鞭《むち》打ち努めた。
 けれども、或る夜は發作《ほつさ》に喘《あへ》ぎ迫る胸を抑《おさ》へながら、私は口惜《くや》しさに涙ぐんだ。或《あ》る日は書きつかへて机のまはりに空《むな》しくたまつた原稿紙の屑《くづ》を
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