で違つた、あわただしく、忙がしげな人間生活が眼まぐるしいやうに動いてゐた。そして、私はいきなり美《うつく》しい夢から呼び覺《さ》まされたやうに、現實的《げんじつてき》なその世界の中に卷き込まれねばならなかつた。[#底本では読点]私はそれを恐れ厭《いと》ふやうに、また美しくも忘れ難《がた》い印象を自分の胸裡《きようり》に守るやうにして、妹の待つ湯の川の宿へと急ぎ歸《かへ》つた。
 その翌日、私は妹とともに再び津輕《つがる》海峽を越えわたつて、青森、仙臺《せんだい》と妹の旅疲れを休めながら、十七日の朝、五十日近い北國の旅を終へて、東京へ歸りついた。出發前、その旅先の苫小牧《とまこまい》でと計畫《けいくわく》してゐた處女作《しよぢよさく》「雪消《ゆきげ》の日まで」は可成《かな》りな苦心努力にも拘らず、遂に一部分をさへ書き上げることが出來なかつた。それは無論《むろん》寂しく、口惜《くや》しく、悲しいことではあつたが、なほ胸深く消え去らない修道院での感激や驚異はそれ等をつぐなつてあまりある貴《たふと》い旅の收穫であつた。私はその旅での外のあらゆる見聞《けんぶん》や印象は殆《ほとん》ど忘れて、修道
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