がらあんまり出歩くこともせずに、始終《しじう》机に向つてはその執筆に專心《せんしん》した。私は眞劍《しんけん》に、純眞《じゆんしん》に努めつづけた。そして、それに深く疲れる時いつも頭を休めに行つたのは、家から寂しい草原《くさはら》の小徑《こみち》を五六町|辿《たど》る海岸の砂丘《さきう》の上へであつた。そこは町からも可成《かな》り離れてゐて、あたりには一軒の家もなく、人影も見えず、ただ「濱《はま》なし」と云ふ野薔薇《のばら》に似たやうな赤い花がところどころにぽつぽつ咲いてゐるばかりであつたが、その砂丘に足を投げ出して涯《はてし》ない海の暗い沖の方に眺め入つたり、また仰向《あふむ》きに寢ころんで眼もはるかな蒼穹《さうきう》に見詰め入つたりしながらも、私はほんとに頭を休める譯《わけ》には行かなかつた。そこにはどう筆《ふで》をつづくべきか、どう描《か》き現《あらは》すべきか、あれでぴつたりしてゐるか、あれでは力が足りないではないか、そんなことが絶えず一杯になつてゐたのであつた。
さうして五日過ぎた。十日過ぎた。やがて半月たつた。が、苦心努力は空《むな》しかつた。明るい興奮は次第に暗い失望へ
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