と沈んで行つた。そして、筆は遲遲《ちち》として進まず、意を充《み》たすやうな作は出來上らずに、徒《いたづら》にふえて行くのは苛苛《いらいら》と引き裂き捨てる原稿紙の屑《くづ》ばかりであつた。
「どうしたのだ? こんな情《なさけ》無《な》い自分だつたのか?」
 さう心の中に呟《つぶや》きながら、或《あ》る日私は「濱なし」咲く砂丘の上で寂しさ悲しさに一人涙ぐんでゐた。それはもう八月の末で、夏の日の短い北國の自然はいつとなく寂しく秋めいて、海から吹き流れてくる風も冷冷《ひやひや》と肌寒かつた。そして、小徑《こみち》の草の葉蔭には名も知らぬ秋の蟲《むし》がかぼそい聲《こゑ》で啼《な》いてゐた。
 あれほど希望に全身を刺戟《しげき》されてゐた處女作《しよぢよさく》はとうとう一枚も書き上らないままに、苫小牧《とまこまい》滯在《たいざい》の一月ほどは空しく過ぎてしまつた。希望に變《かは》る失望、樂しさに變《かは》る寂しさ、さうした氣持を抱いて、私は九月十日過ぎに妹を伴ひながら苫小牧《とまこまい》をあとにした。妹は翌年の三月頃の初産《うひざん》を兩親のゐる私の家で濟《す》ますために暫《しばら》く上京す
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