弘前《ひろさき》、青森、津輕《つがる》海峽を越えて室蘭《むろらん》と寄り道しながら、眼差す苫小牧《とまこまい》へと着いたのが七八日頃、それから九月へかけてのまる一ヶ月ほどを妹夫婦の家に暮《くら》した。苫小牧《とまこまい》は製紙工場のあるだけで知られた寂しい町で、夏ながら單調な海岸の眺めも灰色で、何となく憂欝《いううつ》だつた。そして、ゴルキイの小説によく出てくる露西亞《ロシア》の草原《ステッペ》を聯想《れんさう》させるやうな、荒涼《くわうりやう》とした原の中に工場と、工場|附屬《ふぞく》の住宅と、貧しげな商家農家の百軒あまりがまばらに立ち並び、遠く北の方に樽前山《たるまへさん》の噴火の煙が見えるのも妙に索漠《さくばく》たる感じを誘つた。
けれども、そんな處《ところ》に毎日を暮しながらも、私の氣持は絶えず一つの興奮の中にあつた。それはその半年ほど前からひそかに想をかまへてゐた「雪消《ゆきげ》の日まで」と云《い》ふ百枚ばかりの處女作《しよぢよさく》をここで書き上げようと云《い》ふ希望が、私の全身を刺戟《しげき》してゐたからだつた。で、私は異郷《いきやう》に遠く旅出《たびで》して來《き》な
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