‥‥」
 と、フレデリックは唇に微笑を浮べた。そして、食卓の向ふ側にゐる妻の不審げな眼差をじろりと眺めやりながら、
「誰かが僕に會ひたいんださうな。」
 と、陽氣な調子で言つてひよいと立ち上つた。すると、イングンも立ち上り食卓を廻つて來て夫と腕を組み合せながら、
「あたしも一緒に行きますわよ。」
 そのまま輕い足取で溜間へ出て來た若男爵夫妻の姿を見ると、支配人は指差しながら、
「あすこの部屋にお待ちでございます。」
「や、有り難う。」
 と、フレデリックは輕く言つた。
 その時、イングンは傍の椅子にぐつたりと腰を降した。とフレデリックはその脇に佇んで、微笑しながら暫く妻を見降してゐたが、やがて體をかがめるとその美しい顏をぐいと引き寄せて貪るやうに接吻した。そして、イングンの眞白い兩腕が夫の首筋にからむと見えたその一瞬時だつた「パアン‥‥」
 と、轟然たる爆音。そして、フレデリックがすつくと立ち上つたかと思ふと、顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6]から眞紅の絲を引いてイングンの體は崩れるやうにその足下に倒れ伏した。
 あたりは忽ち阿鼻狂喚の巷! 小部屋から躍り出したソオルとエリクソ
前へ 次へ
全36ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング