だ。で、實際以上にすべては誇張されて映つて來た。そして、二人の結婚生活の幸福が當然お前の死に依つて破壞されてしまふのだと信じ切つてしまつたのだつた。
病室へ這入ると、お前の母が老年の近い小皺の寄つた顏を土氣色にして、釣り上つたやうな眼でぢつとお前の顏を見詰めてゐる姿が、私の胸を衝いた。その母も、流石に兄も、私も、そして附添ふ若い一人の看護婦も、高い熱でさらさらに乾いた灰のやうなお前の顏色を見、夢中の口から洩れる呻き聲を聞いた時、お前の上に嚴かに死が迫らうとしてあるやうな豫感に打たれて、堅く口を噤んでしまつた。そして、消毒藥の何處となく漂ふ病室の中はお前の呻き聲に靜寂が破られるだけだつた。それに窓から見える病院の芝生の庭には一昨日のやうに、昨日のやうに、ぎらぎらした午後の太陽が照りつけ、處々に咲く松葉牡丹の花が陽炎の中に燃えるやうな紅を映してゐる、動く物一つない靜けさだ。
私はむつと熱いいきれの鼻を打つお前の枕元に近附いて、時々痙攣するやうに動いてゐるお前の手を堅く執つた。丁度、死の爲めにもぎ去られて行かうとするお前を自分の手で守らうとするやうに‥‥‥。が、お前の掌はじつとりと汗ばみ
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