に顫へてゐた。
『馬鹿な事を、醫者が重病人に對してああ云ふのは一種の策略《ポリシイ》だ。さう人間は生易しく死ぬものぢやない。大丈夫だ、己が保證する‥‥‥』と、兄は直ぐに私の詞にかう被せた。私にはその落ち着き拂つた樣子が小憎らしくさへ見えた。
『とに角、かうなつてはすべてが運だ。が、好い運に信頼するが好い‥‥‥』と、兄はかうでも云ひたいやうな表情を浮べて、ぢつと私を見返してゐた。
二人はそのまま病室へ這入つた。[#「這入つた。」は底本では「這入つた、」]
全く、今考へてみれば、私は餘に危急な出來事のすべてに氣を轉倒されてゐたのだ。平生丈夫なお前がそんな短い時間の内に、そんな思ひ掛けない宣言を與へられる。そして、堪らなく不安な氣持をそそられる手術を受ける。それが氣の弱い、感じ易い、物事に單純過ぎる、人間的な苦悶を知らないお坊ちやん育ちの私だから、もう一圖に醫師の詞に脅かされてしまつたのだ。それでなくとも、やつと三年目に近づいたばかりのお前との結婚生活を平穩に樂しんでゐる時代だつたから、お前の身に突然振りかかつて來たその不幸は、私に對してもいきなり拔身を突きつけられたやうな恐怖を與へたの
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