マスクを口元に覆つて、す早く手術臺に近く立つた。お前の後半身は助手に依つて生々しく露出された。
『ほんとに許して‥‥‥ああ‥‥‥惡かつたわ‥‥‥だつてあの時あなたが‥‥‥あの道で‥‥‥手を‥‥‥熱い‥‥‥』と、喋舌り續けてゐるお前をぢつと見返りながら、水島は暫く佇んでゐた。と、その眼には暗い影がちらりと差して、それをひよいと私の顏に振り向けた。
『ひどい囈言だ‥‥‥』と、私は水島の視線を避けながら、湧き返るやうな胸の混亂を抑へてかう呟いた。
『何、直ぐ止む‥‥‥』と、かう答へた時、水島の眼に差してゐた暗い影は消えた。
が、囈言と云つた私は、すべてを否定して濟まさうとしてゐた私は、其處まで來た時もうお前の昏睡の脣から洩れてくるその斷續した詞の意味を囈言と思ふ事も、否定し濟ます事も出來なかつた。頭にはかあつと血が上つて來た。胸の鼓動は小指先にまで鋭く傳つて行くのを意識した。そして、私は水島や助手や看護婦の前に、いやさうして尚ほも脣を動かし續けてゐるお前の前に佇んでゐる堪らない苦痛と、赤面と、恥ぢと、戰きとにあらがつて行く事は出來なくなつた。が、私は却く事も、進む事も、耳を抑へる事も、顏を
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