つと聞き澄ましてゐる私の耳に、疑ひもなく、はつきり響いて來たのだ。私の聽覺は刺刀のやうに冴えた。そして、すべての意識が、一時に其處へ固まつてしまつたやうに緊張してしまつた。
『三十‥‥‥』と、それでも助手はお前の詞のすべてを氣にも留めないやうにかう數へて、抑へたマスクの上に滴壜を傾けたのだつた。
『‥‥‥そんなにお責めになつて‥‥‥ああ‥‥‥駄目、とても駄目‥‥‥あなた‥‥‥許して‥‥‥苦しい‥‥‥』と、お前の不思議な程の滑かさを持つて來た聲は、マスクの下でかう續いて行くのだ。私はわなわな顫へ出した。貞雄君のあの顏を何云ふとなく、鋭く思ひ浮べながら‥‥‥‥。
『脈《プルス》は‥‥‥』と、水島はまた云つた。
『八十九《ノイン・アハチツヒ》‥‥‥』と、助手がそれに答へた。
『瞳孔《パピツレ》‥は‥‥』
『全開《フオオル》‥‥‥』と、助手が喋舌り續けてゐるお前の眼を開いてみながら、かう水島に答へた。
と、水島は全くお前の聲を氣にも留めない冷靜さで、しつかりと助手に頷き返した。脈を取つてゐた一人の助手と看護婦は直ぐに手術臺の傍の硝子臺に近づいて、ピンセツトやガアゼを取つた。同時に水島は息抑への
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