つてしまふ程高く、澄んでゐた。そして、その歌はお前が家にゐる時好んで口ずさむあの歌だつた。私は我知らずぎよつとして、コンクリイトの床に堅く足を踏ひ著けて身構へた。途端に水島は『どうだ‥‥‥』と云つたやうな表情を浮べて、私を見返つたのだつた。
が、お前の歌聲は直ぐに途切れた。途切れた隙に私は思はず息を呑んだ。と、脣の痙攣するやうな動きにつれて、マスクが落ちかかつた。助手はそれをあわてて支へた。その間もなく、急に或る感動に迫られたやうな、而も今までの私が決して聞かなかつたやうな、はつきりした鋭い聲でお前は何かを喋舌り始めた。無論、お前の體は死人のやうに横はつてゐて、口だけが動いてゐるのだ。が、その詞は暫く何の意味をもなしてゐなかつた。
『いいえ、いいえ‥‥‥あの晩‥‥‥苦しい‥‥‥考へましたわ‥‥‥貞雄さん‥‥‥お詞は‥‥‥お詞は‥‥‥愛する‥‥‥けど、けど‥‥‥無理‥‥‥辛い‥‥‥どんなに苦しんだか‥‥‥』と、實際その途切れ/\の詞がお前の脣から洩れてゐるのか、それともお前の脣の中に何かが隱れてゐてそれをお前に云はせてゐるのか、とに角、それがまるで電氣を浴せ掛けられてゐるやうな氣持でぢ
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