お前の體を覗き込んだ。と、お前の息は殆ど絶えてしまつたかと思はれるやうに幽かに間遠になり、マスクの周圍に見えてゐる頬や額にはほのかな血の赤みが差してゐた。そして、病室にゐた間の身もがきも、無意識な手足の動きもすつかり止んで、まるで安らかな眠りが來たやうに、冷かな死がすべてを支配してしまつたやうに、お前は手術臺の上に横はつてゐたのだつた。
『昏睡‥‥‥』と、水島を顧みた、私の聲は顫へてゐた。
『ふむ、丁度それに這入りかけた處だ‥‥‥』と、水島は靜に頷いた。
 そのお前を、もう病氣の苦痛も生死の不安も、忘れたやうな、いや人間すべての意識から斷たれてしまつたやうなお前をぢつと見詰めてゐると、私の體ぢうの筋肉は痛い程張り、神經は冴え、感情は鋭くなり、髮の毛一本に突つかれても劇しい衝撃《シヨツク》を受けさうな心持がした。そして、手術に對する恐怖やお前の生死に對する懸念を離れて、ただ次から次へと迫つてくる瞬間が何とも云へない強い力で私の心を脅かすのであつた。
『二十三‥‥‥』
『二十三‥‥‥』
『二十四‥‥‥』と、助手が勵ますやうに聲を高めた。
『――四‥‥‥』と、語尾の漸く聞き取れるばかりのお前
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