ひたい、陰氣な餘韻を殘して行く数へ聲に引き寄せられて、二、三、四、五‥‥‥と口の中で追ひ續けてゐたのだつた。と、喘いでゐたお前の息は丁度臨終の迫つた病人のやうに和いで來、鎭まつて行き、段々に間遠になつて、時々深い吐息がお前の白い咽喉首を脹らました。同時に數へる聲も次第に力を失つて行き、明瞭さを薄くして、助手の力強いバスの聲の響が高まつて行くのとは反對に、數が十、十一と重なるにつれて弱くかまれて行くのだつた。
『ふつ‥‥‥』と、私は我知らず吐息づいて、その吐息を感じてひよいと振り向いた水島と視線をかち合はせた。水島の顏はまるで彫刻のやうに嚴かに、冷かに見えた。眼には私の胸に最高音のリズムを打つて蘇つて來た不安を、恐怖を見通すやうな鋭さがあつた。私は自分を胡魔化すやうに視線を反らした。と、その視線がまた左手を執つてゐた助手の背後にゐる看護婦長の、盛りを過ぎた女の、とろんと濁つた眼とぶつかつた。それをあわてて反らすと同時に、『十七‥‥‥』と、助手が叫んだ。
『十七‥‥‥』と、それに習つたお前の聲は、もうその時『ふうち‥‥‥』と呟いたやうに細く、ぼやけてゐた。
 と、それに續いた靜けさの中に、
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