を感じながら呟いた。と、傍の助手の二人が顏を見合せながらにやりと微笑うて、私を見返つた。
『あるとも、一昨日なんか骨膜炎の手術を受けた老人がね、義太夫を唸り出す騷ぎだつたよ‥‥‥』と、水島は相變らず冷靜な顏附で云つた。そして、助手の一人が幽かな笑聲を立てたのを責めるやうにぢつと見詰めた。
『ほお‥‥‥』と、我知らず答へた時、私は總身の緊張感もほぐれたやうな、またお前の身に迫る次の危急な瞬間も忘れてしまつたやうな、その場合には餘にそぐはない心の弛みを感じて、水島の顏を見返した。が、水島は床に眼を落して、兩手を背中に組んだまま、靜に歩調を取つて窓際を往き來しながら振り向かうともしなかつた。と、急に私は、ひどく嚴肅に、ひどく重大に考へてゐた手術と云ふ事柄に對して、或る期待を裏切られたやうな拍子拔けの氣持を意識せずにはゐられなかつた。そして、何氣なく顏を上げて正面の壁を見詰めた時、其處に掛かつてゐる小形の角時計が四時七分を示してゐるのに氣附いた。私はひよいと或る空虚《うつろ》を心の中に意識せずにはゐられなかつた。
が、お前を載せた運搬車のゴム輪の軋りが[#「軋りが」は底本では「軌りが」]廊下
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