ねのけた。
手術前の體の消毒の爲めに運搬車が來て、一先づお前を消毒室へ運び去つて行つた時、急に呻き聲の消えた靜かな病室の中に、私は兄とお前の母と顏を見合せてぢつと押し默つてしまつた。お前の姿が眼の前から消え去つた事、それは私の心に或る幽かなゆとりを與へた。と同時に、今まで自分の胸にくるめいてゐた不安や焦燥や苦惱が人力以上の物に支配されてゐるお前の生死に對して、何等の力にも何等のたしにもなり得ないやうな心持になつた。なるやうにしかならないと云ふ宿命的な考へと、なるやうになつてしまへと云ふ或る輕い絶望の氣持が、私の胸を幽かに落ち着かせたのだつた。そして、また其處に兄の詞がさつき暗示したやうな希望が、萬が一と云ふ希望が遠くからだんだん明るく、力強く近附いてくるやうにも感じられた。
『平生丈夫だから、大丈夫なやうな氣もしますね‥‥‥』と、ふと私は兄を見上げて云つた。兄は窓際によつてぎらぎらと輝いてゐる夏空を見上げてゐたのだ。
『大丈夫だ‥‥‥』と、兄は力強く答へた。
心痛と不安とで人心地もなかつた、お前の母は、その兄の詞を聞いて顏を和らげたやうだつた。が、そのままお前の身を案じるやうに消毒
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