てゐる積りだ‥‥‥‥』
『うむ、とに角君の妻君の生死に係る事だからそれは無理もないがね。まあ考へて見給へ。君の妻君のお腹《なか》から血みどろの海鼠綿みたいなものを切り出すんだぜ‥‥‥‥』
『何、大丈夫だ‥‥‥』と、私はかさに掛かつて云ひ張つた。そして、とうとうお前の手術に立ち會はせて貰ふ事にしたのだつた。
『ぢや、とに角僕の顏に免じて‥‥‥』と、水島は頷きながらまた病室を出て行つてしまつた。
『ほんとに大丈夫か‥‥‥』と、傍でぢつと水島と私の對話を聞いてゐた兄は云つた。
『そんな、兄さん‥‥‥』と、私は輕く冷笑し返すやうな氣持で答へた。
 が、血みどろの海鼠綿と云つた水島の詞は、押し隱してはゐたが、私を何とも云へない或る恐怖の中に投げ込んだ。そして、ぢつと眼をふさいで椅子に身を凭せてゐると、まだ手術室に這入り込まない先からお前の手術の場面《シイン》がまざまざと眼の前にちらついてくる。と、足先からかう百足《むかで》にでも這はれてゐるやうな戰慄が總身に傳はつて來て、頭の中がぐらぐらしてくるやうな、厭な氣持に襲はれたのだつた。全く、お前のゴムのやうな腹部の白い皮膚をメスの銀色の刄が鍵形にすつと撫でて行く、丁度チキンの肉を裂きでもするやうに‥‥‥。と、どす黒い血がさつと染み出てくるだらう。次の瞬間にはその開いた傷口にピンセツトと鋏とがす早く入り交るだらう。そして、血みどろの海鼠綿が――と、動かないでも好い想像が變に調子づいて私の頭の中を動いて行くのだつた。
『さうだ、思ひ切らう。そして、水島を水島の冴えた腕を信じよう‥‥‥』と、私は無氣味な想像の壓迫に堪へられなくなつて、かう考へた。
『が、若しかして手術の時間に心臟麻痺でも起してしまつたら‥‥‥』と、又かう思ひ返してみると、お前の生命に對する不安がぐんぐん胸に迫つて來たのだつた。それでなくとも、例へお前が夢中でゐたにしても、若しひよつと意識が眼覺めて來て手術室の冷かさを、また手術そのものの恐怖を感じた時、少くともお前には他人の醫師以外の人の影を見なかつたとしたら――と考へてくると、私はどうしても其場に立會はずにはゐられないやうな要求に動かされて來た。
 私は口を噤んで、お前の脱殼になつた寢臺の白い敷布を見詰めながら、心の中で暫くこの二面と爭ひ合つてゐた。が、一つは自分自身の爲めの感情、一つはお前の爲めの感情、その何れが必然
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