》は更《ふ》けて‥‥」と、さつきまで先登《せんとう》の一|大隊《だいたい》の方《はう》で聞《きこ》えてゐた軍歌《ぐんか》の聲《こゑ》ももう途絶《とだ》えてしまつた。兵營《へいえい》から既《すで》に十|里《り》に近《ちか》い行程《かうてい》と、息詰《いきづま》るやうに蒸《む》し蒸《む》しする夜《よる》の空氣《くうき》と、眠《ねむ》たさと空腹《くうふく》とに壓《お》されて、兵士達《へいしたち》は疲《つか》れきつてゐた。誰《たれ》もが體《からだ》をぐらつかせながら、まるで出來《でき》の惡《わる》い機械人形《きかいにんぎやう》のやうな足《あし》を運《はこ》んでゐたのだつた。隊列《たいれつ》も可成《かな》り亂《みだ》れてゐた。
私《わたし》の左側《ひだりがは》にゐる中根《なかね》二|等卒《とうそつ》はもう一|時間《じかん》も前《まへ》から半分《はんぶん》口《くち》をダラリと開《あ》けて、眠《ねむ》つたまま歩《ある》いてゐた。平生《へいぜい》からお人好《ひとよ》しで、愚圖《ぐづ》で、低能《ていのう》な彼《かれ》は、もともとだらし[#「だらし」に傍点]のない男《をとこ》だつたが、今《いま》は全《ま
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