夜霧《よぎり》の海《うみ》に包《つつ》まれてゐるのであつた。頭上《づじやう》には處處《しよしよ》に幽《かす》かな星影《ほしかげ》が感《かん》じられた。
「おい小泉《こいづみ》、厭《い》やに蒸《む》すぢやないか‥‥」と、私《わたし》の右隣《みぎどなり》に歩《ある》いてゐる、これも一|年《ねん》志願兵《しぐわんへい》の河野《かうの》が囁《ささや》いた。
「さうだ、全《まつた》く蒸《む》すね。惡《わる》くすると、明日《あした》は雨《あめ》だぜ‥‥」と、私《わたし》は振《ふ》り向《む》き樣《ざま》に答《こた》へた。河野《かうの》の眠《ねむ》さうな眼《め》が闇《やみ》の中《なか》にチラリと光《ひか》つた。
「うむ‥‥」と、河野《かうの》は頷《うなづ》いた。「然《しか》し、演習地《えんしふち》の雨《あめ》は閉口《へいこう》するな‥‥」と、彼《かれ》はまた疲《つか》れたやうな聲《こゑ》で云《い》つた。
「ほんとに雨《あめ》は厭《い》やだな‥‥」と、私《わたし》はシカシカする眼《め》で空《そら》を見上《みあ》げた。
 夜《よる》は大分《だいぶん》更《ふ》けてゐた。「遼陽城頭《れうやうじやうとう》夜《よ
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