へてはゐながら、何時《いつ》の間《ま》にかトロリと瞼《まぶた》が落《お》ちて、首《くび》がガクリとなる。足《あし》がくたくたと折《を》れ曲《まが》るやうな氣《き》がする。はつと氣《き》が附《つ》くと、前《まへ》の兵士《へいし》の背嚢《はいなう》に鼻先《はなさき》がくつついてゐたりした。
「眠《ねむ》つては危險《きけん》だぞ。左手《ひだりて》の川《かは》に氣《き》を附《つ》けろ‥‥」と、暫《しばら》くすると突然《とつぜん》前《まへ》の方《はう》で小隊長《せうたいちやう》の大島少尉《おほしませうゐ》の呶鳴《どな》る聲《こゑ》が聞《きこ》えた。
 私《わたし》はきよつとして眼《め》を開《ひら》いた。と、左手《ひだりて》の方《はう》に人家《じんか》の燈灯《ともしび》がぼんやり光《ひか》つてゐた――F町《まち》かな‥‥と思《おも》ひながら闇《やみ》の中《なか》を見透《みすか》すと、街道《かいだう》に沿《そ》うて流《なが》れてゐる狹《せま》い小川《をがは》の水面《みづも》がいぶし銀《ぎん》のやうに光《ひか》つてゐた。霧《きり》は何時《いつ》しか薄《うす》らいで來《き》たのか、遠《とほ》くの低《ひく》い丘陵《きうりよう》や樹木《じゆもく》の影《かげ》が鉛色《なまりいろ》の空《そら》を背《せ》にしてうつすりと見《み》えた。
「志願兵殿《しぐわんへいどの》、何時《なんじ》でありますか‥‥」と、背後《うしろ》から兵士《へいし》の一人《ひとり》が訊《たづ》ねた。
「一|時《じ》十五|分前《ふんまへ》だ‥‥」と、私《わたし》は覺束《おぼつか》ない星明《ほしあか》りに腕時計《うでどけい》をすかして見《み》ながら答《こた》へた。
 が、さう答《こた》へながらも夜《よる》がそんなに更《ふ》けたかと思《おも》ふと同時《どうじ》に、私《わたし》の眠《ねむ》たさは一さう濃《こ》くなつた。そして、ふらふらしながら歩《ある》き續《つづ》けてゐる内《うち》に現實的《げんじつてき》な意識《いしき》は殆《ほとん》ど消《き》えて、變《へん》にぼやけた頭《あたま》の中《なか》に祖母《そぼ》や友達《ともだち》の顏《かほ》が浮《うか》び上《あが》つたり、三四|日前《かまへ》にK館《くわん》で見《み》た活動寫眞《くわつどうしやしん》の場面《ばめん》が走《はし》つたりした。――夢《ゆめ》かな‥‥と思《おも》ふと、木《き》の
前へ 次へ
全13ページ中4ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
南部 修太郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング