所懸命《しよけんめい》に右手《みぎて》で銃《じう》を頭《あたま》の上《うへ》に差《さ》し上《あ》げながら呶鳴《どな》つた。そして、右手《みぎて》でバチヤバチヤ水《みづ》を叩《たた》いた。割《わり》に流《なが》れのある水《みづ》はともすれば彼《かれ》を横倒《よこたふ》しにしさうになつた。
「大丈夫《だいぢやうぶ》だ、水《みづ》は淺《あさ》い‥‥」と、高岡軍曹《たかをかぐんそう》はまた呶鳴《どな》つた。「おい田中《たなか》、早《はや》く銃《じう》を取《と》つてやれ‥‥」
「軍曹殿《ぐんそうどの》、軍曹殿《ぐんそうどの》、早《はや》く早《はや》く、銃《じう》を早《はや》く‥‥」と、中根《なかね》は岸《きし》に近寄《ちかよ》らうとしてあせりながら叫《さけ》んだ。銃《じう》はまだ頭上《づじやう》にまつ直《す》ぐ差《さ》し上《あ》げられてゐた。
「田中《たなか》、何《なに》を愚圖々々《ぐづぐづ》しとるかつ‥‥」と、軍曹《ぐんそう》は躍氣《やつき》になつて足《あし》をどたどたさせた。
「はつ‥‥」と、田中《たなか》はあわてて路上《ろじやう》を[#「路上《ろじやう》を」は底本では「路上《ろじやう》は」]腹這《はらば》ひになつて手《て》を延《の》ばした。が、手《て》はなかなか届《とど》かなかつた。手先《てさき》と銃身《じうしん》とが何度《なんど》か空間《くうかん》で交錯《かうさく》し合《あ》つた。
「留《とま》つとつちやいかん。用《よう》のない者《もの》はずんずん前進《ぜんしん》する‥‥」と、騷《さわ》ぎの最中《さいちう》に小隊長《せうたいちやう》の大島少尉《おほしませうゐ》ががみがみした聲《こゑ》で呶鳴《どな》つた。
 岸邊《きしべ》に丸《まる》くかたまつてゐた兵士《へいし》の集團《しふだん》はあわてて駈《か》け出《だ》した。私《わたし》もそれに續《つづ》いた。そして、途切《とぎ》れに小隊《せうたい》の後《あと》を追《お》つて漸《やうや》くもとの隊伍《たいご》に歸《かへ》つた。劇《はげ》しい息切《いきぎ》れがした。
 間《ま》もなく小隊《せうたい》は隊形《たいけい》を復《ふく》して動《うご》き出《だ》した。が、兵士達《へいしたち》の姿《すがた》にはもう疲《つか》れの色《いろ》も眠《ねむ》たさもなかつた。彼等《かれら》は偶然《ぐうぜん》の出來事《できごと》に變《へん》てこに興奮《こう
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