《かんしやうてき》な氣分《きぶん》に落《お》ちて來《き》た。そして、そんな時《とき》の何時《いつ》もの癖《くせ》で、Sの歌《うた》なんかを小聲《こごゑ》で歌《うた》ひ出《だ》した。何分《なんぷん》かがさうして過《す》ぎた。
 と、いきなり左《ひだり》の方《はう》でガチヤガチヤと劍鞘《けんざや》の鳴《な》る音《おと》がした。ゴソツと靴《くつ》の地《ち》にこすれる音《おと》がした。同時《どうじ》に「ウウツ‥‥」と唸《うな》る人聲《ひとごゑ》がした。私《わたし》がぎよツとして振《ふ》り返《かへ》る隙《すき》もなかつた。忽《たちま》ち夜《よる》の暗闇《くらやみ》の中《なか》に劇《はげ》しい水煙《みづけむり》が立《た》つて、一人《ひとり》の兵士《へいし》が小川《をがは》の中《なか》にバチヤンと落《お》ち込《こ》んでしまつた。
 ――とうとうやつたな‥‥と、私《わたし》は思《おも》つた。そして、總身《そうみ》に身顫《みぶる》ひを感《かん》じながら立《た》ち留《どま》つた。中根《なかね》の姿《すがた》が見《み》えなかつた。小川《をがは》の油《あぶら》のやうな水面《すゐめん》は大《おほ》きく波立《なみだ》つて、眞黒《まつくろ》な人影《ひとかげ》が毆《こは》れた蝙蝠傘《かうもりがさ》のやうに動《うご》いてゐた。
「誰《だれ》だ、誰《だれ》だ‥‥」と、小隊《せうたい》の四五|人《にん》は川岸《かはぎし》に立《た》ち止《ど》まつた。
「中根《なかね》だ‥‥」と、私《わたし》は呶鳴《どな》つた。
 混亂《こんらん》が隊伍《たいご》の中《なか》に起《おこ》つた。寢呆《ねぼ》けて反對《はんたい》に駈《か》け出《だ》す兵士《へいし》もゐた。ポカンと空《そら》を見上《みあ》げ[#「見上《みあ》げ」は底本では「見上《みあ》け」]てゐる兵士《へいし》もゐた。隊列《たいれつ》の後尾《こうび》にゐた分隊長《ぶんたいちやう》の高岡軍曹《たかをかぐんそう》は直《す》ぐに岸《きし》に駈《か》け寄《よ》つた。
「早《はや》く上《あ》げてやれ‥‥」と、彼《かれ》は呶鳴《どな》つた。
 中根《なかね》は水《みづ》の中《なか》で二三|度《ど》よろけたが、直《す》ぐに起上《おきあが》つた。深《ふか》さは胸程《むねほど》あつた。
「おい銃《じう》だよ、誰《だれ》か銃《じう》を取《と》つてくれよ‥‥」と、中根《なかね》は一|
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