配下を遁れて來た、不幸な運命を擔つた女なのであらう。白粉で塗り隱した荒んだ肌、左の頬に拵へたわざとらしいほくろ、眉墨で縁取つた疲れたやうな眼の光、受け口のまつ赤な唇、まづい顏ではあつたが、相當の教育も受けたらしく、愛想交りにも日本の事を色色問ひ尋ねたりする女だつた。
「歸るんだよ……」と、水島君は素氣なく答へた。
「もう少しいらつしやらない?」
「厭やだ。」
水島君は不機嫌な顏でまた打つちやるやうに云つて、そのまま横を振り向いた。女は、賣れの惡い、氣弱さうな女は諦めたやうにまたもとの椅子に歸つた。そして、寂しさうな中に、何處か反撥的な光を含んだ眼で私達を見詰めてゐた。
「すべため[#「すべため」に傍点]、お前なんかの相手になるもんか……」と、ひよいと私を振り返つて聲高な日本語で云ひながら、水島君は冷たい笑ひを浮べた。
支那人のボオイが持つて來た傳票《チツト》に少しの酒手を加へて拂ひをすますと、水島君と私とは仕切りの部屋を廊下へと飛び出した。そして、入口で支那人の玄關番《ポオタア》から外套と帽子を受け取ると、また聞えて來た浮き浮きした舞踏曲の音色をあとに殘して、遁れるやうな氣持で酒塲
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