。
「ふふん……」水島君は怒つたやうな顏に苦笑ひを浮べた。
何故となく、私達はそのまま沈默してしまつた。
「おい、そろそろ出ようか?」と、暫くして水島君が不意に云つた。
「さうだね、出ようか。――ああ、すつかり醉つちやつたなあ……」と、私はほつと溜息づきながら、水島君を見返つた。赧らんだその顏には、血走つた、憂欝な感じの眼がとろんと据わつてゐた。
「僕もほんとに醉つたよ。」
「だいぶ飮んだからな。」
「さうだ。少し飮み過ぎた。――然し、然し、今夜はほんとに愉快だつたよ……」と、水島君は互にふと滅入りかけた氣持を引き立てるやうに、元氣作つた聲で云つた。そして、のけぞるやうにして、背後の壁の呼鈴を押した。
「あら、もうお歸り?」と、その水島君の樣子をちらと眺めた女は、あわてたやうに立ち上つて、仕切りの框に肘つきながら云つた。さつきから隣の仕切りの部屋のテエブルに一人凭て、二人の何れかを一夜のとりこ[#「とりこ」に傍点]にでもする積りだつたのか、しきりに媚態を送つてゐた、英語の巧い、二十六七の女である。「生れは?」と、訊ねたら、「キエフです……」と、答へた。何れはこれもソヴイエツト政府の支
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