。――やつぱり貴族か何かの……」
「さうだ。その通りなんだ。――あれがねぇ君、帝政時代の或る伯爵の娘だと聞いたら驚くだらう。」
「驚くね。――ふうん、伯爵の娘か……」と、私は思掛ない氣持で、またその女の方を見返つた。
と、丁度その時、フオツクス[#「フオツクス」は底本では「フオツス」]・トロツトの一くさりが終つた處だつた。顏に踊のあとの疲れと興奮の色を浮べた男女達は組を解いて、それぞれの席につくのであつたが、その女は肩越しに首筋を男に抱きかかへられたまま、窓際の、酒賣棚から五番目の椅子に腰を降した。そして、テエブルの上にあつたグラスの、琥珀色の酒をぐいと呑み干すと、いきなりまた男の首筋に白い手を卷きつけて、じやれつくやうに短い接吻をその唇に與へた。女が唇を離した時、男は淫らな眼を光らせながら直ぐそのあとを追つた。そして、縮こめた女の體をぐいと自分の胸に引き寄せて、二度目の接吻を交したかと思ふと、二人は身を搖す振つて一時に笑ひさざめいた。
「驚いたなあ……」と呟きながら、笑ひすまして、私は思はず顏をそむけてしまつた。が、如何にも捨鉢氣味な二人の歡樂の姿は私の氣持を曇らせずにはゐなかつた
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