ヒロイン》を[#「女主人公を」は底本では「女主人公の」]眼の前にしながら、ただ索漠たる氣持の中に陷るばかりだつた。
「歸らう……」と、私は心に思つた。そして、ずかりと椅子から立ち上つた。と、女は彈かれたやうに顏を上げた。
「まあ、どうなさるんです?」と、女は眼を見張りながら、私を見詰めた。
「歸るんです……」云ひながら、私は二三歩踏み出した。
「待つて下さい、待つて……」と、女は立ち上り樣に※[#「口+斗」、33−1]んだ。
私は立ち止まつて、女の方を振り返つた。と、女は變にぎらついた眼で私の側へ近寄りながら、ぐいと外套の袖を抑へた。私はそれを振り放した。そして、洋服の内がくしから二三枚の紙幣を拔き出すと、手掴みのまま女の前に差しつけた。が、女は受け取らうとはしなかつた。私はそれを床に手放したまま、つかつかと入口の扉の方へ歩きかけた。
「いけません、いけません……」と、女はあわてたやうに追ひすがつた。そして、肩越しにいきなり私を抱き止めると生温かな吐息を頬に吐きかけながら引き戻さうとした。私は逆ひながら振り返つた。と、その刹那に私の眼にまざまざと映つたのは、ほの白んだ女の顏に、欲情に
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