た、痛痛しいやうな、さうした姿と、自分の行爲に明ら樣になりきれない、部屋へはいつてからのぎごちない始終の樣子とを思ひ合せると、私は今まで女の上に描いてゐた不安な想像が少し馬鹿らしくなつて來た。が、それにしても隣の部屋に感じた人の氣配と、何處となく秘密を包んでゐるらしい女に對する疑念は霽れなかつた。
「君は此處に一人で住んでるのかい?」と、私はさりげない調子で訊ねかけた。
と、俯向いてゐた女はひよいと私を見上げたが、何となく不安らしい眼をしばだたきながら、返事にためらふ樣子だつた。
「外に誰もゐないの?」
「ええ。――私一人ですの……」と、女は底響のない聲で答へながら、俯向いた。
嘘だな――と、私は思つた。が、妙におどおどして落ちつかない女の樣子を見てゐると、強ひて問ひ詰めるのもためらはれるやうな氣持だつた。が、それだけにまた、何かある、何かある――と、さうした疑念が一そう深められずにはゐなかつた。
「ほんとに一人?」と、聲を高めながら、私はまた云つた。
「ええ……」女は曖昧に頷いた。
「でも、さつき隣の部屋で誰かと話し合つてゐたぢやないか?」
女はぎくりと肩先を顫はせた[#「顫はせ
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